はじまりは、ゲームでした。
高校生の頃、VisualBasic 6というプログラミング言語に出会い、見よう見まねでオンラインゲームを作っていました。MMORPGと呼ばれる、たくさんの人が同じ世界で遊ぶタイプのゲームです。いま思えばずいぶん無謀な挑戦でしたが、当時は夢中でした。
ただ、いちばん楽しかったのはプログラミングそのものではなかった気がします。自分の作ったゲームに人が集まって、遊んでくれて、「ここが面白い」「ここを直してほしい」と声が返ってくる。作ったものを介して人と交流する時間が、何より楽しかったのです。
その後、開発は仕事のものになり、自分のために何かを作ることからはしばらく離れていました。
ふたたび「誰かのために作る」ことに戻ってきたきっかけは、身近な人の困りごとでした。演劇の舞台予約の管理が大変だ、という話を聞いたのです。予約はGoogleフォームで受け付けて、確認のメールは一通ずつ手作業で送る。その手間をまるごと引き受ける道具として作ったのが、最初のサービス「かごチケ」でした(詳しくは別の記事で書いています)。
すべて無料、登録はできる限り不要
かごいとのサービスは、すべて無料で使えます。会員登録も、できる限り求めません。
深い戦略があるわけではありません。理由はひとつだけで、自分が使う側だったら、そうしてほしいからです。
「ちょっと便利そう」くらいの道具に、アカウント登録を求められたら、私なら使うのをやめてしまいます。市電があと何分で来るか知りたいだけなのに、メールアドレスを入力したい人はいないはずです。だから、使う人の手間になるものはできる限り取り除く。運営にかかる費用はドメイン代程度に収まるよう、小さく作る。それがかごいとの作り方です。
あとから気づいたのですが、この方針は運営の都合とも一致していました。預からなければ、守るものも減ります。会員情報を持たなければ、漏れる会員情報もありません。
似たことが、もう一段細かいところでも起きていました。今あきと涼しかでは、お店や施設までの距離をブラウザの中で計算しています。もともとはサーバーの負荷を減らして無料の範囲に収めるためでしたが、結果として、利用者の現在地をサーバーに預けずに済んでいます(この話は技術構成の記事に書きました)。節約のためにやったことが、たまたま同じ方向を向いていた、というだけの話ではあります。
「かごいと」という名前
かごいとは、鹿児島の「かご」と、ITの「いと」を合わせた名前です。
ITを「いと」と読ませるのは少し強引かもしれません。でも「糸」という響きが気に入っています。日常のちょっとした「困った」を、大きな仕組みではなく、糸で編むように小さな道具にして届ける。かごいとのキャッチコピー「日々の困りごとを、そっと編みなおす。」は、そんな活動のありかたをそのまま言葉にしたものです。
暮らしの寸法に合わせて
鹿児島で暮らしていると、既製のサービスがそのままでは合わない場面によく出会います。電停の電光掲示板がなくなって、次の電車がいつ来るのか分からない。桜島の灰が、今日うちに降るのかどうか分からない。行こうとしたお店が満席かどうか、行ってみないと分からない。
どれも、命に関わるような大問題ではありません。でも、毎日の暮らしの中で確かに困る。そういう「暮らしの寸法」の困りごとこそ、個人がつくる小さな道具の出番だと思っています。
いま、かごいとには7つの道具があります。
- かごチケ — イベントの予約とチケット管理(制作ノート)
- 市電なう・市バスなう — 市電と市バスの発車案内(制作ノート)
- 桜島フェリーなう — 桜島フェリーの発着案内(制作ノート)
- 灰なう — 桜島の降灰を登録した地点に通知(制作ノート)
- 今あき — お店の「いま空いているか」を共有(制作ノート)
- 涼しか — クーリングシェルターを現在地から探す地図(制作ノート)
どれも、一つずつ制作ノートに裏側を書きました。書き終えてから並べてみて、気づいたことがあります。
8つ書いてみて、同じ結論に行き着いていた
制作ノートを1本ずつ書いていて、途中で気づいたことがあります。どの記事も、最後は同じことを言っていました。
灰なうでは、噴火の方角から降灰の範囲を自分で扇形に描く案を捨てて、気象庁が計算した多角形をそのまま使うことにしました。自作の図形のほうが粗いのに、それを根拠に通知を送るのは筋が悪いからです。
涼しかでは、施設の休館日を出典の表記のまま入れると決めました。分かりやすく言い換えたり、書かれていない条件を足したりしたところが、そのまま誤案内になっていたからです。同じ記事で、熱中症のアラートを暑さ指数から自分で計算するのもやめました。いまは環境省が発表した内容そのものを読んでいます。自分の計算は、公式より安心な側にずれていました。
市電なうでは、手前の電停から届いた遅延の報告と、自分の電停での報告を、違う強さで表示するようにしました。前者は推定、後者は確定。確からしさの違うものを同じ顔で出すと、どちらも過大に信頼されてしまいます。
今あきでは、報告が数件しかないお店に混雑の傾向グラフを出さないことにしました。3件のデータでもグラフは描けてしまいます。描けることと、言っていいことは違います。
かごチケでは、在庫が足りているかを自分で判断してから書き込むのをやめました。判断した条件を、書き込む瞬間にデータベースへもう一度確かめさせています。読んでから書くまでの隙間で、状況は変わるからです。
並べてみると、全部が同じことを言っています。自分で推測して埋めない。
分からないことは分からないと出す。誰かがすでに出した答えがあるなら、それをそのまま渡す。確からしさが違うものは、違うものとして見せる。——文章にすると当たり前ですが、これは最初から方針として持っていたものではありませんでした。ひとつずつ間違えて、直して、そのたびに同じ場所へ戻ってきただけです。8本書き終えてから並べて、初めて気づきました。
もうひとつ、ひとりで7つを維持することについても、遅れて分かったことがあります。揃えるというのは、続けやすくするということでした。7つのうち1つだけ勝手が違うと、そこに触るのが億劫になる。億劫になったものは後回しになり、後回しになったものが古びていきます。バラバラのまま「それぞれに最適」を目指していた頃より、全部を同じ形に揃えたいまのほうが、ずっと手を入れやすくなりました(この話も技術構成の記事に書いています)。
次に編みたいもの
いま構想しているのは、鹿児島に来る観光者向けの道具です。
鹿児島は、市電・市バス・桜島フェリーで移動しながら、いろいろな観光スポットを巡れる街です。ただ、初めて来る人にとっては、どのスポットにどう行けばいいのか、道順そのものが分かりにくい。クルーズ船で訪れる人が増えているマリンポートかごしま周辺も、港からどんな場所が近いのか、地元の人ほどには伝わっていない気がしています。
「なう」シリーズで作ってきた交通の道具と、観光スポットの道順・紹介を組み合わせられたら、鹿児島に来たばかりの人の「次、どこへ行こう」がもう少し楽になるはずです。まだ構想の段階ですが、これも「暮らしの寸法に合わせた小さな道具」の延長線上にあると思っています(構想の記事)。
高校生の頃、ゲームで遊んでくれる人とのやりとりが楽しかったように、いまは道具を使ってくれる誰かの暮らしが少し軽くなることが、いちばんの報酬です。